グルタミン酸 glutamic acid とは,左のような構造をもつアミノ酸で,Glu または E と略記される。
黒字はアミノ酸の基本骨格,青字が側鎖,下の構造式にある赤の数字は炭素番号である。 -COOH という 酸性の側鎖 をもつ(10)。
pH 7 前後の水溶液中では,2 つの COOH 基が COO- に,NH2 が NH3+ になっている。つまり,負に荷電している。この点を強調するために,glutamate と呼ばれることが多い。
なお,C5 の OH 基が NH2 になっているのがグルタミン Gln である。
> 負電荷をもっており,タンパク質の表面に位置して水溶性を付与する(9)。
> タンパク質をポリグルタミン酸テールとして修飾することがある(9)。
: たとえば tubulin は poly-Glu 修飾を受け,これによって他のタンパク質との結合性に影響が出る。
> ビタミン K 依存的なカルボキシル化を受けて,カルシウム結合性が増大する(9)。
> 摂取した Glu は消化の過程で 70-90% 以上が分解されてしまう。体内の遊離 Glu は生合成されたもの。
> システイン Cys,グリシン Gly とともに,トリペプチドであるグルタチオン glutathione の材料となる。
> 興奮性の神経伝達物質であるほか,抑制性の神経伝達物質 GABA を合成する材料になる。
> 膵臓 β-細胞からのインスリン insulin 分泌を制御するシグナル分子としてはたらく。
> IMP との相乗効果で旨味を呈する。
> グルテン(小麦中のタンパク質の総称)の加水分解物から発見された(10)。
> L 体のモノナトリウム塩 sodium glutamate は旨味を呈し,味の素の主成分。D 体は美味でない(1)。
Gluは,興奮性神経伝達物質 excitatory neurotransmittor として重要な役割を果たすアミノ酸である(1, 10他)。以下のように働き,この一連の流れを グルタミン酸-グルタミンサイクルという。詳細はこちらへ。
また,シナプス のページではシナプスを介した伝達の各ステップを詳細にまとめてある。
上の図は文献 13 から,右の図はWikipedia「シナプス」よりそれぞれ転載。
右図で 2 がグルタミン酸を含む小胞,5 が受容体である。
グルタミン酸の受容体は,イオンチャネル性受容体 [M-methyl-D-aspartate (NMDA) receptor, α-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazolepropionic acid receptor (AMPA) receptor] と,代謝性グルタミン酸受容体に大別できる。
NMDA 受容体は,通常の速い神経伝達とは異なり,海馬におけるシナプスの長期増強やシナプス形成と関連するため,記憶との関連が注目されている。
> 脳では,Glu-Gln cycle と anaplerosis のみが Gl u合成のための炭素骨格を供給する反応である(4)。
> Astrocyteはシナプス間隙からのGlu clearanceの主役。様々な病気でGlu輸送に異常がみられる(2I)。
> 主要なGlu transporter: GLAST, GLT-1, EAAC-1. 前 2 者は astrocyte, EAAC-1 は neuronにある(2R)。
> ニューロンで Glu を Gln に加水分解するのは,phosphate-activated glutaminase (PAG) である(7)。
> 幼少期マウスへのhyperoxiaでastrocyte Glu uptake阻害,脳の発生異常が起こる(2R)。
> この阻害は,non-GLT-1-mediated Glu uptake である(2R)。
> rat, ヒトの脳では,グルコース酸化で得られるエネルギーの80%が神経活動とGlu-Glnに使われる(7)。
> ヒトの脳には,10 - 12 mMという高濃度で存在する(9)。
> これは脳全体での値で,例えばcerebrospinal fluid では1 μM,分泌顆粒では100 mMなど勾配あり(9)。
> アストロサイトの Glu pool は,0.5 - 1 mM(7)。
> ラット脳では,部位によっても濃度に違いがあることが明らかにされている。
: Prefrontal cortex 12.3 ± 0.6 μmol/g,hippocampus 11.3 ± 0.4 μmol/gで有意に異なる(11)。
> 虚血 ischemia,肝性脳症 hepatic encephalopathy,Rett'sシンドロームなどで大脳皮質濃度が上がる(5)。
Glu はタンパク質を構成するだけでなく,遊離アミノ酸としても重要な生理機能をもつが,ヒトやラットでは餌に含まれる Glu は腸でほぼ全て分解されてしまう(9)。したがって,体内で機能する Glu はほぼ全て生合成に由来する。
生合成には大きく分けて 2 つの経路がある。生合成に影響を及ぼす要因とともに以下に示す。
グルタミン酸は,TCA回路 の α-ケトグルタル酸 α-ketoglutarate (α-KG)を基質として合成される。さらに以下の2 つの反応にわけることができる。これは,以下の図にみるように両者が構造的に似ていて,アミノ基の付加を付加するだけで良いためである。
1-1. アンモニウムイオン NH4+ を使う
グルタミン酸デヒドロゲナーゼに触媒される反応である(6)。デヒドロゲナーゼは脱水素酵素なので,この反応は逆反応である。
NH4+ + α-KG → Glu + H2O
> NADHのほか,NADPHが使われることもある。
: NADH, NADPH の両方を使うことができる珍しい生化学反応である。
> 炭素番号は グルコースのラベル実験 に関連する。
: 1, 2, 5, 6 は α-KG がグルコース由来である場合の,もとのグルコースの炭素番号。
: グルコースは解糖および TCA 回路を経て α-KG になる。
: このことから,グルコースの C1 および C6 は Glu C4 に,C2 および C5 は Glu C5 に入ることがわかる。
1-2. 他のアミノ酸からアミノ基をもってくる
アミノトランスフェラーゼ aminotransferase に触媒される反応である(6)。グルタミン酸の生合成というよりも,アミノ酸分解反応の一環として考えたほうがよい。
リルゾール Riluzole
> リルゾールは筋萎縮性側索硬化症 ALS の治療薬。シナプスへのGlu放出を抑制すると考えられている(11I)。
> しかし Glc からの Glu 生合成をラットで促進するという結果もあり,作用機序はまだ不明な点が多い(11R)。
グルタミン酸デヒドロゲナーゼ glutamate dehydrogenase の作用でアミノ基が取り去られ,α-KG になる(6)。上記の生合成の逆反応である。
α-KG は TCA 回路に取り込まれる。