バリン Valine は,右のような構造をもつ分岐鎖アミノ酸 branched-chain amino acid (BCAA) である。 側鎖は イソプロピル基 である。
Val のほか,ロイシン leucine およびイソロイシン isoleucine が分岐鎖アミノ酸に属する。
pK1 (COOH) = 2.2
pK2 (NH3+) = 9.7
Val は 1901 年に Fisher によってValerian という植物の分類群から単離されたため,valeric acid と名付けられた。鎌状赤血球症 sickle-cell anemia では,ヘモグロビン分子中で Val がグルタミン酸を置換している。また,糖尿病患者では血中の Val 濃度が高いという報告もあり,Val は様々な疾患と関係しているようである。
Val は動物が合成できない必須アミノ酸であり,植物での合成経路が知られている(下図,3)。
Val を含む BCAA の生合成には,有名なフィードバックが存在する(4)。 これによって,Val, Ile の存在比が一定に保たれるようになっている。
Threonine deaminase は Val および Ile にそれぞれ特異的な結合サイトをもっている。これは活性部位とは異なる場所にある。つまり,アロステリックな活性調節である。
競合する生合成経路において,このような activation と inhibition によるバランスの調節は,他の酵素でもよくみられる現象である。
Val の生合成経路 のページに詳細があります。
Val の分解は,他の BCAA と比べて複雑であり,以下のような経路を辿る(1)。
> 一度 CoA を遊離させたあとに再び会合させるという珍しいステップを踏んでいる。
> これは,細胞毒性を示すメタクリリルCoAをミトコンドリアに蓄積させないためと考えられている(1)。
: β-ヒドロキシイソ酪酸はミトコンドリアから放出することが可能である。
BCAA は一般にインスリン insulin の分泌を促進したり,mTOR を活性化したりと,エネルギー代謝を制御する機能がある。しかし,これらの報告は主にロイシン,次いでイソロイシンに関するもので,バリンにはそのような活性がないとする報告が大半である。
> マウスの餌から Val を除くと,血液幹細胞 HSC の移植がうまくいくようになることを示唆した論文, news (6)。
: 骨髄にある non-haematopoietic cells (non-HSC) は,HSC のための niche を提供している。
: HSC はタンパク質欠乏に敏感なことを示した 1940 年の論文から,どのアミノ酸が重要か検討。
: バリン欠乏で,HSC の機能が低下した。これは,他の個体から HSC を移植するときに有用と思われる。
: 例えば白血病 leukemia では,native HSC が移植された HSC を攻撃してしまうことが問題。
: 予め Val 欠乏食で患者のHSC を弱めておけば,移植の成功率が上がるかもしれない。
バリンに関する論文は,なぜか家畜や魚のものが多い。おそらく,栄養学的な観点からの研究が多いのだろう。
> ブタに多量 flooding dose のバリンを注射しても,代謝に大きな変化は起こらないという論文(7)。
: 13C-Val を注射して,タンパク質合成量を測定することを目的にしている模様。
> Atlantic salmon で,1 - 2 週間のハンドリングストレスにより血中量が増加する(2R)。
> BCAA, とくにバリンが C 型肝炎ウイルス (hepatitis C virus, HCV) の分裂を抑制するという報告(8)。
Berg, Tymoczko, Stryer の編集による生化学の教科書。 巻末の index 以外で約 1000 ページ。
正統派の教科書という感じで,基礎的な知識がややトップダウン的に網羅されている。その反面,個々の現象や分子に対して,あまり込み入った説明はないように思う。図の配置やデザインはきれい。
英語圏ならば学部教育向けという印象。しかし,基本を外さずに専門分野以外のことを英語で読みたいという日本人には非常に適しているだろう。輪読とかにも向いているかもしれない。なお,日本語はなぜか 3 人目の編者の名前をとって「ストライヤー生化学」として売られている模様。