Nuclear magnetic resonance (NMR) は,本来は核磁気共鳴という物理的な現象を示す言葉である(4)。
転じて NMR 分光法,そのスペクトル,または分光装置自身を示す言葉としても使われる。なお,分光法とは電磁波の放出または吸収を測定する実験のことで,言葉のイメージが示すような可視光の分析法のみが含まれるわけではない。
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静的磁場の中にある磁性核は,2 つのスピン状態をとることができる。磁場と並行または逆並行な向きのスピンで,それぞれ α および β と表現されることもある。β の方が少しだけエネルギー状態が高い。
磁場と平行な向きの磁性核と,逆平行な向きの磁性核のエネルギーの差 dE は,ボーアの関係式によって相当する周波数の電磁波と結びつけることができる。
ΔE = hv
h はプランク定数,v は周波数である。
磁場の中にある磁性核に,ちょうど周波数 v の電磁波を照射すると,磁場と平行な向きの磁性核(α,低エネルギー状態)のいくつかがこの電磁波を吸収し,磁場と逆平行な向き(β,高エネルギー状態)になる。
同時に,逆の反応も起こる。すなわち,磁場と逆平行な向きの磁性核のいくつかは,磁場と平行な向きに変化する。これらの変化を核磁気共鳴 nuclear magnetic resonance という。「どの周波数で核磁気共鳴が起こるか」が,原子の状態を表すデータとなる。
このように「ある特定の周波数を照射したときにみられるエネルギーの吸収」を検出,記録するのが NMR 装置である。
磁気モーメントをもっている核のことを 磁性核 magnetic nucleus という。よく観測対象になるものとして,1H, 13C, 14N, 15N, 17O, 19F, 31P などが挙げられる。
各文献の磁性核に関する記述は以下のとおり。
> 磁性核は電荷をもっていて,コマのように回転しているような性質を示す(1)。
> 磁場の中で棒磁石のようにふるまう(1)。コンパスの針のように磁場と同じ向きに配向するとも言える。
: ただし,棒磁石とは異なり量子力学的な制限があるため,磁場と平行 or 逆平行な向きのみが可能。
> 磁性核のエネルギー状態は,磁場と平行な向きのときに低い(1)。
核磁気共鳴を引き起こすために 照射する電磁波の周波数を carrier frequency という。単位は Hz (cycle per second) である。
Carrier frequency は磁場によって異なる。磁場が 2.35 T のとき,1H の carrier frequency は約 100 MHz である(7)。磁場が 11.7 T のとき,1H の carrier frequency は約 500 MHz,13C では約 126 MHzである。以下,主な核の carrier frequency を表にまとめておく(7)。
原子核 |
2.35 T での carrier frequency (MHz) |
1H | 100 |
2H | 15.351 |
13C | 25.145 |
14N | 7.228 |
15N | 10.137 |
31P | 40.481 |
39K | 4.672 |
パルスシークエンス or パルスシーケンスとは,核磁気共鳴現象を引き起こすためにサンプルに照射する電磁波のことである。
Carrier frequency は,磁性核(原子の種類)および磁場に固有の値であるが,その原子が置かれている環境で微妙に違ってくる。たとえば,下の図はアミノ酸 amino acid の一種システイン cysteine の構造で 7 個の水素原子を含んでいるが,それらは N に結合していたり C に結合していたりと,状況が異なっている。したがって異なる carrier frequency をもつ。例えば,11.7 T で観測したときに,N に結合している H は 500.00 MHz で励起されるが,CH の H は 500.01 MHz, SH の H は 500.02 MHz といった具合である。
この carrier frequency のずれを 化学シフト chemical shift という。
1H だと6 kHz ぐらい,13Cだと100 kHzぐらいずれる。そのため,同じ原子でも違うところにピークが出てくることになる。単位を見ればわかるように,化学シフトによる周波数のずれは,原子の違いによる違いよりも非常に小さい。
しかし,この化学シフトは carrier frequency と同様に 構造や元素に固有の値ではなく,外部磁場に比例する。つまり機械の種類によって違う。これは非常に不便である。そこで,何かの基準を設けて,その周波数からのずれで化学シフトを表すことになっている。
1H NMRの場合,基準として使われるのが TMS(テトラメチルシラン)である。TMS のスペクトルは見分けやすいシングルピークとして現れる。たとえばこのピークが 100 MHzで,他のピークが 130 Hz 高周波数側にあれば,1.3 ppm となる。低周波数側へのシフトは負の値で表す。
これによって,化学シフトの値が磁場に依存しない値になった。TMS が非常によく使われるため,むしろ機械を作る際の磁力の基準にもなっている。500 MHz の NMR とは,TMS のシフトがちょうど 500 MHz のところに出てくるような磁場の機械,ということである。
> 原子核は一定の速度で自転しながら歳差運動をしている。磁場が強いほど,歳差運動はそれに比例して早くなる。
> 歳差運動は磁石の回転であるため,近傍にコイルを置いて交流電流の電磁波として捉えることが可能である。
: 1.5 T の磁場では,水素原子核は約 64 MHz の信号を出す。
: これは原子核が 1 秒間に約 64 M 回転していることを意味する。
化学シフトの位置を正確に測定するためには,スペクトルを測定する間,磁場強度と電磁波の周波数を一定に保っておかねばならない。この原子核を指定する作業 を ロック lock という。一般的には,重水素 D に対して行われることが多い。
磁場を均一にするためのコイル,またはそのコイルに流す電流を微調整することで,磁場を均一にする作業そのもののこと。詳細はシム shim のページで。
重溶媒 deuterated solvent は,溶媒分子中の水素原子 H の一部または全部を重水素 D に置き換えた溶媒のこと。重水素化溶媒と呼ばれることもある。
1H-NMR では,試料を溶媒に溶かしてガラスチューブに入れ,NMR スペクトルを取る。この際,溶媒が水素原子を含んでいると,非常に大きな溶媒のピークが見えてしまい,試料のピークが隠れてしまうことがある。
そのため,重溶媒を使ってこのピークをできるだけ小さくする方法がとられる。 酸化重水素 D2O がよく用いられる。
NMR と MRS (Magnetic resonance spectroscopy) の違いは,本によって書かれていることが違うので,現状ではよくわからない。感覚としては,MRS は in vivo で代謝産物の定量を目的としており,NMR はもっと広い概念だが狭義では in vitro, 構造決定なども主要な目的の一つ,という感じ。ただし,in vivo NMR という言葉もあり,さらに混乱が広がっている。
文献 2
NMR 装置と MR 装置の違いは,データの取り方であると書かれている。しかし,500 MHz の NMR spectra も, FID をフーリエ変換して得ているように思う。
文献 6, 7
比較的低磁場で,生体からシグナルを取得するのが MRS, 高磁場で small chemical samples からシグナルを取得するのが NMR と書かれている(6)。
文献 7 では,In vivo NMR spectroscopy or magnetic resonance spectroscopy (MRS) and MRI have evolved from relatively simple one or two RF pulse sequences to complex techniques. として,in vivo NMR = MRS というイメージである。
プローブ probe とは,核を励起したり NMR シグナルを実際に受け取ったりする NMR 分光計の重要なパートである(1,8)。