7-25-2016 updated
TCA 回路は,ほとんどの栄養素 fuel molecule が最終的に酸化される分子経路 である。
"The final common pathway for the oxidation of fuel molecules - carbohydrates, fatty acids, amino acids."
Wikipedia クエン酸回路より転載
Molecular Biology of the Cell, 5th ed.
TCA 回路の全体の反応は,以下の式で表すことができる。
アセチル CoA + 3NAD+ + FAD + GDP + Pi + 2H2O
↓
2CO2 + 3NADH + FADH2 + GTP + 2H+ + CoA
TCA 回路はクエン酸回路 citric acid cycle,クレブス回路 Krebs cycle とも呼ばれる。citric の発音は [sitrik] であり,「サイトリック」ではないので注意すること。
代謝産物 | 説明 |
ピルビン酸 | ピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体 PDH に酸化されてアセチル CoA として TCA 回路に入る(反応0)ほか,ピルビン酸カルボキシラーゼ PC に触媒されオキサロ酢酸として入る経路もある。これは補充反応 anaplerosis と呼ばれる。 |
アセチル CoA リガーゼによって補酵素 A と結合し,アセチル CoA になる。これが TCA 回路で酸化される。 |
代謝産物 | 説明 |
グルタミン酸 Glutamate | |
Valine |
特徴的な系で分解され,サクシニルCoAとしてTCA回路に入る。Val,Leu,Ileは分岐鎖アミノ酸BCAAであり,分解系には共通のステップが存在する。 |
ロイシン Leucine |
分解されるとアセチルCoAができる。 |
イソロイシン Isoleucine |
分解されるとアセチルCoAとサクシニルCoAができる。 |
代謝産物 | 説明 |
アセチル CoA |
アセチル CoA カルボキシラーゼ ACC によってマロニル CoA になる。エネルギーが過剰なときに脂肪酸を合成する最初のステップである。同時にマロニル CoA が β 酸化を阻害する。 |
代謝産物 | 説明 |
α-KG |
α-KG からは グルタミン酸 が合成される。神経系では Glu の一部がさらに GABA に変換され,その後 TCA 回路に戻ってくる経路がある。これは GABA shunt と呼ばれ,TCA 回路のバイパス経路(下記参照)と考えられる。 |
リンゴ酸 Malate |
NADP-linked malic enzyme (EC 1.1.1.40) によって脱炭酸され,ピルビン酸になる反応がある。肝臓,腎臓および脳に存在する(9I)。Pyruvate recycling とよばれる。 |
オキサロ酢酸 Oxaloacetate |
オキサロ酢酸は,様々な生合成反応の出発点である。
|
代謝産物 | 説明 |
GABA | α-KG からグルタミン酸が合成される。Gluの一部は抑制性神経伝達物質GABAに変換される。GABAが代謝される際は,succinic semialdehyde (SSA) を経てコハク酸 succinic acid となってTCA回路に戻る。一連の反応はTCA回路のバイパス経路と考えることもでき,GABA shunt と呼ばれる。 |
ピルビン酸の酸化は,解糖系と TCA サイクルを結びつける重要な反応である。3 つの酵素と 5 つの補酵素を必要とする複雑な反応であるが,全体として以下の式で表すことができる。Coenzyme A (CoA) はアシル基の運び屋として様々な反応に関与する補酵素である。構造が複雑なため,このページでは単に CoA と表記する。
Pyruvate + CoA + NAD+ -> Acetyl-CoA + CO2 + NADH + H+
解糖系の最終産物であるピルビン酸 pyruvate は,好気的条件下ではミトコンドリアへ輸送されアセチル CoA になる(1)。嫌気的条件化では乳酸 lactate またはエタノール ethanol に代謝される。この分岐は生化学上極めて重要である。
> 通常の酸素濃度にある脊椎動物の細胞では,ATP の 95% 以上が好気呼吸で産生される(10D)。
: グルコースの大部分が水と二酸化炭素になり,乳酸になるのは 4% 程度。
> この反応は 不可逆 である(1)。これは,たとえば脂質からグルコースを合成できないことを意味する。
: 脂肪酸合成の経路は acetyl CoA から分岐し,分解された脂肪は acetyl CoA になる。
: また,いったんこの反応が起こったら,グルコースは酸化されるか脂質になるかという運命しかない。
ピルビン酸デヒドロゲナーゼ PDH
> アセチル CoA への代謝を触媒するのは pyruvate dehydrogenase (PDH) complexである(1)。
> PDH の活性は,ミトコンドリア内のアセチル CoA/CoA の存在比などによって制御される(2I)。
> 黒字の 1 - 6 は,ピルビン酸が解糖系に由来する場合のグルコースの炭素番号。
> 赤字の 1 - 3 は,ピルビン酸またはアセチル CoA の炭素番号。どちらもラベル実験以外ではあまり重要ではない。
> アルドール縮合および脱水反応で,クエン酸シンターゼ citrate synthase に触媒される(1)。
> 最初の重要な反応であり,アセチル CoA の加水分解が間違って起こらないようなメカニズムがある(1)。
: Citrate synthase は最初にオキサロ酢酸に結合しないと,アセチル CoA と結合することができない。
: 加水分解の活性中心は,citryl CoA と酵素の相互作用で正しい位置に来るようになっている。
> 1, 2, 5, 6 は,グルコースが解糖を経て TCA 回路に入ってきた場合の,もとのグルコースの炭素番号。
クエン酸は安定すぎるため,今後の反応のために H と OH の位置を入れ替える反応である。実際は脱水反応 dehydration と水和反応 hydration が連続して起こっている。
ここから 4 つの酸化還元反応が連続することになり,イソクエン酸の酸化はその第一段階である。この反応は
イソクエン酸 + NAD+ -> α-ケトグルタル酸 + CO2 + NADH
と表すことができる。NADH を生成する最初の反応である。TCA 回路全体の重要な律速段階の一つ(1)。もう一つは次のサクシニル CoA の生成である。
> α-ケトグルタル酸は,2-オキソグルタル酸 2-oxoglutarate とも呼ばれる。
> α-ケトグルタル酸は,神経細胞 neuron での グルタミン酸 合成の基質としても重要。
> D-isocitrate dehydrogenase は ADP の結合で活性化される(1)。基質との親和性が増大する。
: ATP および NADH で阻害される。TCA flux は基本的にエネルギー状態で決まっているようだ。
この酵素が阻害されると,細胞内には D-isocitrate および citrate が蓄積する。両者の変換はきわめて可逆的であるためである(1)。Citrate は細胞質に輸送され,解糖系の律速酵素である PFK を阻害する。つまり,この酵素が律速段階になっているということは,TCA 回路から解糖系へ「エネルギーが十分」というシグナルを伝えるという feedback の意味がある。
2 番目の酸化反応は,サクシニル CoA の生成である。この反応を触媒する α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼは 3 つの酵素の複合体で,ピルビン酸デヒドロゲナーゼに相同である。
実際にこの反応はピルビン酸の酸化・アセチル CoA の生成によく似ており,こちらの図には書いていないが最初に脱炭酸が起こる。
α-ケトグルタル酸 + CoA + NAD+ -> サクシニルCoA + CO2 + NADH
ピルビン酸 + CoA + NAD+ -> アセチルCoA + CO2 + NADH
> この酵素は,反応生成物のサクシニル CoA および NADH で阻害される(1)。
前の反応でできたサクシニル CoA は高エネルギー中間体であり,加水分解される際に放出されるエネルギーは ATP のそれに匹敵する(1)。したがってすぐに CoA が脱離し,そのエネルギーは GDP に受け渡される。
GTP はそのままシグナル分子として使われるほか,以下の反応によって ATP を産生する場合もある。
GTP + ATP → GDP + ATP
> TCA 回路で唯一,直接的に高エネルギーリン酸結合を作る反応である(1)。
: 種によっては GDP でなく ADP を用い,ATP を産生することもある。
第 3 の酸化反応は,FAD から FADH2 を生成する反応である。ここから続く一連の酸化,水和,酸化という反応は,メチル基 CH2 をカルボキシル基 C=O に変換するときによく使われる反応で,β 酸化 の際にも似たような反応が起こる(参考: 官能基の一覧,化学結合の一覧)。
コハク酸 + FAD → フマル酸 + FADH2
> この反応では,NAD+ でなく FAD がプロトンおよび電子の受容体として使われる(1)。
: この反応の自由エネルギーが,NAD+ 還元するのに不十分なためである。
: このように 近い位置から 2 つの電子を引き抜く反応では,一般に FAD が使われる。
: 詳細は FAD のページを参照のこと。
> コハク酸デヒドロゲナーゼは,他の TCA 回路の酵素と異なり,ミトコンドリア内膜に埋め込まれている(1)。
: 膜の電子伝達系に直接 FADH2 を渡す。
: そのため,ページ上の日本語 TCA 回路全体像では,FAD でなく Q が補酵素のように書かれている。
フマル酸 fumarate [fjuːməreit] からリンゴ酸 malate [meileit] が合成される。
奥井あさ子不倫 と覚える。Twitter 医学語呂なうより。生化学の格言集,語呂合わせ集も参照のこと。
お: オキサロ酢酸
く: クエン酸
い: イソクエン酸
あ: α-ケトグルタル酸
さ: サクシニルCoA
こ: コハク酸
ふ: フマル酸
りん: L-リンゴ酸
管理人 (土曜日, 09 1月 2021 07:33)
村上様
コメント大変光栄に存じます。引き続き有用な情報をご提供できるよう更新していきますので、どうぞよろしくお願い致します。
私達の専門は生化学で、無機化学や物理化学は本サイトでカバーしきれない分野となっております。貴サイトのご紹介等の形で寄稿頂ければページを用意しますので、もし可能でしたらご連絡下さい。
村上定瞭 (土曜日, 26 12月 2020 23:04)
環境技術学会・理事、水浄化フォーラム・代表(http://water-solutions.jp:退職後の社会貢献として)をしています。無機化学・物理化学・工学技術を中心とした水浄化プロセスを扱ってきました。
微生物利用の水浄化では、工学的に微生物を扱ってきました。過去において、それらの細胞内の生化学反応をブラックボックスとしていました。最近、生物化学の基礎が特に必要となり、代謝を中心に勉強しています。本サイトの記載事項は、分かりやすくとても参考になります。ありがとうごさいます。御礼まで。