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- 概要
- 症状
- 原因
- 脳の形態変化
- 脳の血流の変化
- 統合失調症モデル
統合失調症 schizophrenia とは,自閉症状と認知障害を基礎障害とする精神障害の診断・統計カテゴリーの一つである。一つの病気という位置づけではなく,多くの症例の寄せ集めであると考えられる。要因も一つではないと思われるが,いくつかの神経生物学的な共通項も報告されている。
一般には神経細胞 neuron の減少を伴わず,むしろ活性化していることが多い ため,アルツハイマー病 などの神経変性疾患とは多くの点で異なっている。
- 発症率は高く,世界の人口の 1% に影響を与えている(6I)。 ただし,計算方法は DALY による。
- 発症時期は思春期 puberty から成人期である。男性では 27 歳,女性では 30 歳が平均的な発症時期とされる。ただし思春期後期から青年期 adolescence のはじめと表現している文献もある(6I)。
- 一般に,女性の方が発症が遅く程度も軽い(19I)。 女性ホルモンであるエストロゲン estrogen との関係が示唆されている。
統合失調症の症状は,陽性症状 positive symptom と 陰性症状 negative symptom に分けることができる。ここに 認知症状 cognitive symptom を加えて3つに分ける場合もある。
ヒト
陽性症状とは,本来は存在しないものがその人にとっては存在するように感じられる症状。情報量がとても多く感じられ,一つのことに注意を集中することが難しくなる(15I)。文献 16 では,以下の 4 つが挙げられている。
- 幻覚 hallucination
- 妄想 delusion
- 精神運動性激越 psychomotor agitation(落ち着きのない様子を表す感情)
- Grossly disorganized behavior(異常行動?)
一般に,ドーパミン系 dopaminergic system が異常に活性化していることが陽性症状の原因と考えられており,そのためにドーパミン受容体 dopamine
receptor の拮抗薬が統合失調症の治療薬として使われている。ただし,これらの薬は陰性症状や認知症状には効果が低い。
動物モデル
統合失調症の研究には,様々な動物モデルが使われている。動物の行動はヒトとは異なり,とくに幻覚や妄想などが存在するかどうかを判断するのは難しい。そこで,陽性症状に対応する行動異常が経験上定められている。
> 活発な自発行動 spontaneous locomotor hyperactivity が陽性症状と相同とされる(1D, 19D)。
: マウスやラットを広い場所に置いたときの移動距離で評価する。
: Hyperlocomotion は,subcortical hyperactivity of dopamine system を反映する(19D)。
> 動物実験では,幻覚および妄想の症状があるかどうかを判断することは難しい(21I)。
: 精神運動性激越 は,locomotor response to novelty が相同であると考えられている。
: 異常行動は,patterns of motor activity から推定することができる。
陽性症状とは反対に,通常の状態ではあるはずのものが存在しないと考えられる症状。例えば,以下のようなものが挙げられる。陽性症状に比べて,良い治療薬がないのも特徴である。
- Blunted affece(感情が乏しくなること, 感情鈍麻)
- Avolition (lack of motivation,モチベーションがなくなること)
- Anhedonia (inability to experience pleasure, 無快楽症,楽しい気分を経験できなくなること)
- 思考能力の低下
- コミュニケーションの障害。動物実験では,他の個体と一緒にいる時間 social interaction がこの症状の指標になる(19D)。
- 大脳基底核 basal ganglia の機能不全に伴う運動能力の低下(27I)
- 逆転学習 reversal learning の低下。学習 learning の能力は下がらないことが多い(28R)。
> 原因としては,frontal lobe の機能不全(13D)およびドーパミン系の異常(22R)が挙げられている。
: ドーパミンは motivation に関わる神経伝達物質で,長く関連が指摘されていた。
: 2013 年になって,ドーパミンとの因果関係を示す論文が発表された(22R)。
認知機能では,注意と記憶障害が代表的問題であると考えられている(9)。
このメカニズムとして,従来はトップ-ダウン処理が取り上げられてきたが,近年では感覚系(ボトム-アップ処理)の問題が重要であると考えられるようになっている(9)。とくに,初期視覚系機能不全を示唆する研究が数多く示されるようになった。
> 外界からの刺激のなかから,必要な情報を選択する sensory gating にも欠陥が生じる(1I)。
統合失調症の原因には諸説あるが,以下の考え方で多くの現象を説明することが可能であると考えている。なるべく 「** 仮説」 という名称を含めつつまとめてみる。
- 脳が発達する段階で,構造的な問題 が生じる。
-
発生過程で,脳が構造的に正常のレベルにまで十分に発達しない状態になる(Neurodevelopmental model of schizophrenia)。 母体のストレスなどによる。
-
生後も,ストレスや不十分な教育によって脳の正常な発達が阻害される。 Two-hit
hypothesis: 始めに神経発生の異常が起こり,その後ストレスが加わるという考え方もある(24)。
- それを補償するために,神経の活動が活性化 する。
- とくに,大脳辺縁系などの活性化がよくみられる現象である。
- 結果として,神経細胞同士の調和がとれなくなる。 Signal to noise ratio が下がると考えても良いかもしれない。
- その影響は,認知機能などを司る frontal area などに現れ,認知能力が通常よりも低下してしまう。
以下,それぞれの項目について示す。
- 海馬 hippocampus の活性化
- 海馬と amygdala から mPFC に投射があるが(-> 詳細),それらの情報バランスの変化(25I)
- PFC と海馬からの情報は NAc で統合されるが,それらの情報バランスの変化(14I)
- ドーパミンによる神経伝達の異常活性化(ドーパミン仮説)
「異常な活性化」とは,神経の同調していない発火 firing が増えることを意味する。自発的な発火 spontaneous firing の増大や,oscillation の低下として観察される。
脳の各領域は頻繁に情報交換を行っており,その繋がり具合は connectivity と言われる。
-
軸索の束などで構成される白質 white matter は,脳の様々な領域間の情報伝達を行っているため,そのパターンを
structural connectivity という。 これは,1. 構造的な変化 でみたように,統合失調症では低下していることが多い。
- fMRI などで測定される機能的な繋がりは,functional
connectivity という。これは増大/低下の両方の報告があるが,「構造的な機能低下を,神経の活動で補っている」 と考えると,その程度によって functional connectivity も変わることになり,矛盾しない。
Prefrontal cortex(PFC; human, rat)は記憶力,思考力などを司る部位であり,ここの機能が低下することで理性的にものごとを考える力が低下する。
- この領域は,神経の異常な活性化が頻繁に認められる海馬などと繋がっており,同じく異常な活性化が統合失調症患者で観察されることが多い。認知能力低下の一因と考えられている。
- とくに,グルタミン酸 Glu による神経伝達の低下が関わっているとされる。(グルタミン酸仮説: NMDA 受容体アンタゴニスト ketamine や PCP
で統合失調症と似た症状が現れることなどから。)
以下のような理由から,統合失調症の発症率を上げる遺伝的要因があると考えられている。Schizophrenia Research Forum のウェブサイト(Link)には 1008 個の統合失調症関連遺伝子が登録されているが,根本的な原因遺伝子というものはみつかっていない(20)。
> 双子の片方が統合失調症を発症した場合,他方も発症する確率は一卵性 > 二卵性(1)。
> スコットランドの統合失調症多発家系の解析から発見 Disrupted - In -Schizophrenia 1 (DISC1) (12)。
詳しくは 統合失調症の遺伝的要因 へ
以下のような形態の変化が,ヒトの統合失調症で報告されている。一般に,形態の変化は実際に統合失調症の症状がみられるよりも早く起こる ため,早期発見が病気の予防に有効である。
また,多くの形態変化は左半球で顕著にみられる(29)。これは,統合失調症の原因が神経発生の段階にまで遡る ことを示唆しており重要である。
なお,発症後にも脳の形態が変化する(一般には萎縮する)のが普通であるが,これは向精神薬の影響である可能性もあるために,解釈には注意が必要である。実際に,動物実験(Nonhuman primate)では向精神薬が脳の萎縮をもたらすことが報告されている(23D)。
-
脳室 ventricle
が肥大する。ヒトの統合失調症でもっとも頻繁にみられる形態変化である(16D)。
-
内側側頭葉 medial temporal
lobe(海馬を含む)のサイズ減少はよくみられる特徴である(7I)。大脳皮質にも共通した変化が認められるが,その程度は海馬に比べて小さいとされている(18I)。
-
-
海馬では,神経サイズの低下およびシナプス数の低下も報告されている(18I)。
-
大脳皮質 cortex は全体的に薄くなるが,神経細胞の密度は高くなるという報告が多いようである(7I)。これは neuron
の総数は変わらないことを示唆している。
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Prefrontal cortex (2I, surface-based
measurement)
-
Insular cortex (2R)
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Visual cortex
- 大脳基底核 basal ganglia は肥大する(27R)。
統合失調症では,前頭葉 prefrontal cortex で脳の血流(CBF, cerebral blood flow)が低下する現象がよくみられる。これを hypofrontality という。最初の報告はInvar and Franzen (1974)
で(11),このときに hypofrontality という言葉が使われている。
Prefrontal area の機能低下は数多く報告されているが,必ずしも全ての症例でみられるわけではなく,hypofrontality という概念に疑問が呈されることもある(12I)。
刺激のない状態での血流低下は resting hypofrontality,刺激を与えた後の血流低下は activation hypofrontality であるが,麻酔をしない状態では実験中にもいろいろと考えているため,厳密に resting の状態を保つのは難しい。これが,resting hypofrontatily がある/ないという矛盾を生み出す一因と考えられている(13I)。
PET,fMRI などで測定される血流の異常は,発症前からみられるため,予防に使える可能性がある。しかしその程度は小さく,全ての患者でみられるわけではないことから,統合失調症の診断基準として用いるのは難しい(8)。
Functional conectivity にも異常が生じるが,共通した異常はまだ報告されていない(8)。
グルコースは脳の主要なエネルギー源であり,統合失調症では様々な領域でコース代謝が変化していることが知られている。以下は一例を示す。詳細は統合失調症と脳のグルコース代謝のページでまとめる。
> FDG-PET でヒトの代謝を比較した論文がある。対照群,長期の患者,短期の患者で比較している(10R)。
: 対照群 > 患者: visual cortex, insula
: 患者 > 対照群: motor area, bilateral inferior temporal area, cerebellum.
: 長期患者 > 短期患者: motor, inferior temporal area, pallidum/putamen, cerebellum.
: 短期患者 > 長期患者: insula, bilateral dorsolateral PFC, anterior cingulate.
: 患者は haloperidol を使用。motor, cerebellum の高代謝はこの薬のせいだろうと考察している。
: 一方,visual cortex の代謝低下は,薬でなく統合失調症に由来すると考えている。
疾患動物モデルを用いるときは,あまり意識しないが次のような段階を踏んでいる。すなわち,1) 想定する仮説に基づき,2) ある動物種を用いて,3) 何らかの方法で病態を引き起こし,4) ある測定手段を以て評価を行う(20)。
統合失調症モデルでは,概ね以下のような状況である。
- ドーパミン仮説(統合失調症とドーパミン),グルタミン酸仮説などが有力な仮説としてテストされている。
- 齧歯類がよく使われているが,ヒトに近い霊長類も近年着目されている。
- Drug-induced, genetic, neurodevelopmental の 3 つに分類することができる。このほか,脳の一部を切除した lesion model もあり,これは幼児期に切除を行うことが多いために neurodevelopmental model に含められることもある。
- 行動実験のほか,中間表現型を評価する手法として fMRI や ERP (event-related potential) が使われている。
精神疾患の場合ではとくに,単一の病態(記憶力の低下など)に対して複数の要因がある と考えられている(30)。また,一つの動物モデルが全ての病態を再現するのはおそらく不可能であるが,実はその必要もない。なぜならば,1 人の統合失調症患者が全ての症状を呈するわけではないためである。
動物モデルの満たすべき妥当性として,文献 30 では以下の 3 点が挙げられている。
- 構成概念妥当性 construct validity: 病気の原因に類似性があるか
- 予測妥当性 predictive validity: 治療薬の探索に用いることができるか
- 表面妥当性 face validity: 疾患に類似性があるか
モデルの作成に使われる薬品は,作用機序によって以下のように分類される。陰性症状をあまり反映しないという批判がある。
ドーパミン dopamine 系に作用するもの
グルタミン酸によるシグナル伝達に作用するもの
-
MHC ehancer binding protein, Schnurri-2 (Shn-2)
KO mice(26)
-
前脳特異的カルシニューリンノックアウトマウス(27)
MAM model
妊娠後期に,脳に methylzoxymethanol (MAM) を注射することで細胞分裂を弱く抑制したモデルラット。自発運動の亢進 hyperlocomotion,記憶力の低下など,ヒトの統合失調症患者でみられる病態の多くが再現されている。
NVHL model
Neonatal ventral hippocampal lesion の略で,幼児期に ventral hippocampus を切除するラットモデル(25I)。
> 胎児期に PolyI:C, リポ多糖 LPS を投与するモデルもある(20)。
> ビタミンD不足のような栄養学的ストレス負荷モデル,隔離飼育による精神的ストレスモデル(20)。
> 帝王切開などを行い,新生児を低酸素に曝すことで神経発生を抑制するモデル(20)。
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