7-5-2015 updated
脳 brain は代謝が活発な器官であり,ヒトでは体重のわずか 2% を占めるに過ぎないが,静止状態でも総エネルギーの約 20% を使用している(3I)。 したがって,脳の発生には以下のような進化圧がかかっていると考えられる。
> 神経 neuron が,エネルギー消費がなるべく少なくなるように配置されている(2I)。
: 頻繁にコミュニケーションをとるような神経の間には,明瞭な投射が存在する。
> その種がどれだけ安定してエネルギーを摂取できるかによって,脳の大きさが決まる。
異なる種で,相同な領域を対応づけるための手段として,以下の5点が挙げられている(2)。
原文の表現は以下の通りである。
> 哺乳類では,脳の大きさは種によって大きく異なる(下図,文献 1 より)。
: トガリネズミ Suncus etruscus 0.060 g, sperm whale Physeter macrocepharus 9.200 kg.
> 哺乳類が高い知性をもっていることは,PFC 領域が大きくなったことと関係していると考えられている(6)。
: 脳の絶対的な大きさでなく,体サイズとの比 の方が重要とされる。
Dopamine (DA) innervation は,5HT, NE など他の神経に比べて非常に少ない。ほぼ PFC と temporal cortex のみと言ってよい。以下のような点から,DA は PFC が成熟する段階を調節する因子である と考えられる。
> DA innervation を受けている PFC の発達は,そうでない領域に比べて遅い。ヒトでは青年期までかかる。
> DA projection 自体も,5HT projection などに比べて成熟が遅く,PFC とほぼ同時期に成熟する。
> Rat では, neonatal DA depletion で PFC pyramidal neuron が小さく,dendrite も短くなる。
> DA projection を受けていない領域では,もっと早く成熟する。
PFC の完成が遅れることで,シナプス構造を複雑にすることが可能 である。これは,環境条件によっては適応的に作用する。 Chronic stress で DA release が低下するという現象を考えてみる。
> Chronic stress が PFC の発生を抑制するという直接の証拠はないが,統合失調症などの発症リスクが上がる。
> PFC 発生が遅れることで,複雑な構造をとることが可能になり,ストレスに適応できる可能性が上がるのかも。
> 注意散漫かつ活動的になる精神疾患 ADHD では,DA release in PFC が少ない。
> 現代社会では病気とみなされるが,ストレスの多い自然環境を考えた場合には,この変化はむしろ適応的だろう。
統合失調症 schizophrenia についても,DA release in PFC が低下するという立場から,以下のように論を進めている。
> ヒトが他者の心を推測したりする脳機能を,心の理論 (Theory of mind, ToM) という。
> これは,他の個体と近くで過ごす(社会的活動を営む)うえで適応的である。
> ToM は PFC によって主に制御されている。DA release in PFC が低いと,ToM にも異常が現れるだろう。
> 統合失調症患者は,他人の気持ちを推し量る能力が低い(low ToM)というデータがある。
> また,妄想 delusion や幻覚 hallucination などの陽性症状は,ToM が過剰に発達した結果と考えることも。
> DA, PFC, ToM の統合がうまくとれない状態が,統合失調症の病態の一部を作っているかもしれない。
以上の指摘は全般に説得力のあるものであるが,統合失調症では PFC への DA projection は多くの場合 hyperactive である。 したがって,この点については発想を逆転させた方が,多くのデータがよく説明される。つまり,
> 統合失調症の原因として,PFC の発生異常の方が先にあり,これに対する補償として DA release が増える。
> 補償しきれた場合は症状は現れないが,DA による急速な PFC 発生促進でシナプスが十分に形成されない場合も。
> 結果的に,PFC の機能不全によって認知症状が,DA によって陽性症状が現れる。
> Dopamine 受容体のブロックによって陽性症状が軽減されることも,過剰な DA の影響を支持する。
ただし,統合失調症の原因を一つに限定する必要はないので,DA release in PFC が阻害されるのが根本原因であるパターンもあるかもしれない。また,両者の複合(DA release が低下し,PFC の発生が遅れる。のちに DA release が上がる)というケースも考えられる。
最後に,筆者らは domesticated animals について言及する。
> Domesticated animals は,多くの場合ネオテニーを呈し,発達した PFC をもつ。
> イヌなどが顕著な例である。ネオテニーのような風貌と cerebral DA level が相関しているとする報告もある。
> これらは,wild animal に比べて DA - PFC の系が進化した系統であり,モデルとして興味深い。
> アルツハイマー病,パーキンソン病などの病気も,wild ではみられないが,イヌでは類似のものがある。
Attwell & Laughlin 2001a (Review). An energy budget for signaling in the gray matter of the brain. J Cereb Blood Flow Metab 21, 1133-1145.