6-7-2014 updated
図は神経細胞を表しており,Wikipedia より転載。右側に軸索 axon を覆うミエリン鞘 myelin sheath (髄鞘とも呼ばれる)があり,覆われていない部分をランビエ絞輪 node of Ranvier という。
ミエリン鞘が絶縁体であるため,この部分では跳躍伝導が起こり,神経伝達速度が大きくなると言われているが,そのメカニズムについてはわかりにくい説明が多数存在しているようである。ここでは,「跳躍伝導だとなぜ伝導速度が大きいのか」を考察する。
要点は以下の通りである。「絶縁体」という言葉が混乱を生んでいるように思う。
下の図での注意点は以下の通り。
啓林館の記述内容(平成24年12月10日発行[61 啓林館 生物302])(p.227)
Ref. 1 跳躍伝導についての本当のお話 から転載。
跳躍伝導 saltatory conduction で起こっていることは次の項で述べてあるが,概要はこのような感じである。
文献1でも述べられているように,高校の教科書の解説はかなり不親切かつ不正確なようである。イオンチャネルやイオンの流入という概念を示さずに,「興奮」「活動電流」「絶縁体」で説明しているためと思われる。また,なぜこのようにすると伝導速度が上がるのかも説明されていないようである。
大きな問題点は以下の2つだろう。
活動電流という言葉
文献1で指摘されているように,一つのランビエ絞輪から次のランビエ絞輪までの間を流れる活動電流(一定の方向性をもったイオンの動き)というのは存在しない。ましてや,細胞外に逆方向の電流が流れることはない。
上で見たように,電流が流れるのではなく高電位がパルスとして伝わるのである。
絶縁体という言葉
教科書でいう「興奮」とは,Na+の流入のことである。ミエリン鞘のある部分でNa+の流入が起こらないのは,そこに VGSC がないためであって,ミエリン鞘が絶縁体であるためではない。
教科書にある「電気的絶縁体」という言葉は,「チャネルを存在させないことによって,電流である Na+の流入を防ぐもの」という「観念的絶縁体」としては正しいかもしれない。しかし,たとえばミエリン鞘のある部分が「絶縁体」でない他のイオンチャネルで覆われていて,VGSC が飛び飛びに存在する場合でも跳躍伝導は起こるだろう。したがって,ミエリン鞘が絶縁体であることは跳躍伝導の本来の原因ではなく,この表記は不正確である。
さらに,次に示すように,髄鞘は巻かれている部分の膜電位を低下させる役割ももっており,跳躍伝導の効率を上げるために有効である。この「絶縁体としての働き」の方が,一般的な絶縁体のイメージに近いのではないか。
絶縁体という言葉の使い方がかなりの混乱を呼んでおり,著者がメカニズムを正しく理解しているかどうか心配になる。
跳躍伝導の伝達速度が速い理由として,右図のような説明がなされることが多いようである(1, 2)。
しかし,この説明では次のような疑問が生じる。
2番目は,「電位依存性Na+チャネルの開口は,電位が伝わるのを減衰させるのか?」と言い換えることもできる。「興奮が,有随神経と同じぐらい離れたところにあるNa+チャネルに作用できるなら,髄鞘は不要ではないか」とも言える。
以上のことをまとめると,髄鞘があることで伝達速度が増大するためには,以下のいずれかの条件が必要である。
なお,Na+イオンの流入によって伝わる電位の伝播は,当然細胞内のイオンによって徐々に中和されるため,減衰するものである。このことは,軸索が太いほど神経伝達速度が速いことと関係している。
2の条件は,通常の減衰に加え,Na+チャネルが開いたことでさらに減衰するということである。
1については確認されており,軸索 axon と周囲のイオン交換を減らすことで electroric current loss (current leakage) を少なくする(3, 4)と書かれている。要するに,グルグル巻きになっているので,普段ならちょっと漏れてしまうイオンが漏れないということ。2についての資料は見当たらない。
1が起こるメカニズムは,ケーブル理論によるという説明もある。このあたりは難しくて十分に理解していないが,「髄鞘が絶縁体であるために生じる効果」である。
これまでの考え方に即して予想してみる。髄鞘のある部分では,細胞内外の電荷の距離が遠くなるため,静電容量が減る(文献4, 下図5と6)。つまり,膜の内外にある + と - の電荷が減る。
高電位が伝播していく過程は,上で見たように細胞内のマイナスイオンによって中和されるため,髄鞘が細胞内外をよく絶縁していた方が,電位変化はより遠くまで伝わるようになる。速度も上昇するかもしれない。
以上をまとめると,再掲であるがこのようになる。
ちゃんとした文献では,以下のように表現されている(3)。
Myelination dramatically improves metabolic efficiency during axonal conduction, largely owing to a redistribution of ion channels - in myolinated fibers, there are concentrated in the nodes of Ranvier rather than equally distributed along the axon - and smaller ionic imbalances following nerve condunction.
Researcher
教科書の範囲を超えるかもしれないが,髄鞘の機能として,上記の2つの他に「軸索からのリークを減らす」というものがある(4)。おそらく,イオンチャネルなどが存在すると,少しずつ細胞外へのイオンのリークが起こっていると思われる。