関連項目
HIF-1α は,低酸素誘導因子 HIF-1 の α サブユニットである。
HIF-1 は低酸素 hypoxia への適応に必要な遺伝子の転写を促進する転写因子 transcription factor で,α サブユニット(HIF-1α)と β サブユニット(HIF-1β)から成る。このうち α サブユニットは,以下のように水酸化修飾を受けて常に分解されており,HIF-1 全体の活性を制御するような機能をもっているため,注目されることが多い。
HIF-1 は,肝がん細胞株 Hep3B において 1992 年に発見され,1995 年に α と β のヘテロダイマーであることが報告された(4)。のちに,HIF-2α および HIF-3α も同定されている。HIF-3 は転写調節領域を欠いており,HIF-1 および HIF-2 を競合阻害していると考えられている(4)。
HIF-1 は,以下のようなメカニズムで 合成 ~ 分解を繰り返している。短い時間ですぐに低酸素に対応するために,このようなコストをかけていると考えられている(1I)。
> 低酸素状態では,酸素不足のため水酸化されにくくなり,分解を免れて転写活性を発揮する(1I)。
: 核に移行してから β サブユニットと 2 量体を形成し,DNA に結合する(5)。
: Cis-element は hypoxia response element (HRE) である(5)。
> 実際に,VHL-1 の変異体では,HIF-1 が常に高いレベルで存在する(1I)。
> この経路は C. elegans でも保存されている(1R)。
図は文献 1 より転載。
3 種のHIF-α および HIF-β は,いずれも N 末端側に basic-helix-loop-helix(bHLH)および Per-ARNT-Sim(PAS)ドメインをもっている(1I, 4)。 これらは DNA との結合に関わる領域で,HIF は bHLH/PAS ファミリーに属する転写因子に分類される。
β サブユニットは ARNT (aryl hydrocarbon receptor nuclear translocator) とも呼ばれる(1I)。
HIF-1α および 2α の C 末端側には,転写活性化に関わる trans-activation domain (TAD) がある。 TAD は一般に 2 つあり,N-TAD および C-TAD に分類されている(4)。
> C-TAD は,ヒストンアセチル基転移酵素 CBP/p300 をリクルートし,遺伝子発現を転写レベルで誘導する(4)。
: しかし,通常酸素下ではこのプロセスも抑制されている。
: CREB-binding protein は C 末端付近の Asn を介して HIF-1 と結合する。
: しかし,この Asn 残基は酸素依存的に FIH-1 (factor inhibiting HIF-1) によって水酸化される。
一方,HIF-3α は C-TAD を,HIF-3α のスプライシングバリアントである IPAS は C 末端側を欠いており,HIF-1α および HIF-2α を競合阻害する機能を担っている(4)。
> 水酸化のほかに,リン酸化およびアセチル化による修飾も受ける(1I)。
HIF は,800 個以上の遺伝子発現を調節する重要な転写因子である(4)。標的配列として,hypoxia response element (HRE) が知られている。標的配列は 5-RCGTG という配列を含んでいる(1D)。
低酸素環境に適応するため,ミトコンドリアの酸化的リン酸化を抑制し,嫌気的解糖を促進する(4)。
> 解糖系 glycolysis の活性化機構(4)。
: GLUT1 および GLUT3 を発現誘導し,グルコース glucose の細胞内取り込みを増大させる(6)。
: ピルビン酸 pyruvate を乳酸 lactate に変換する LDH の発現を増大させる(7I)。
: 解糖系の律速酵素である PFK1, HK2 を誘導する(7I)。
> 酸化的リン酸化の抑制(4)。
: HIF-1 は,pyruvate dehydrogenase (PDH) kinase 1 (PDK1) の発現を誘導する。
: PDK1 は PDH 活性を抑制するため,ピルビン酸からアセチル CoA への変換が阻害,TCA flux が低下する。
> ミトコンドリアの除去(4)。ミトコンドリアのオートファジーを促進する。
: HIF-1 はオートファゴソームの形成に関わる Beclin1 を解放する。
> エネルギー消費の抑制(4)。
: HIF-1 に誘導される REDD1 は,mTOR の抑制因子である TSC2 と 14-3-3 の結合を阻害する。
: REDD1 がフリーになり mTOR 経路が抑制される結果,翻訳が general に低下,エネルギー消費抑制。
> 電子伝達系の機能を抑制し,ROS の発生を抑制する(4)。
: HIF-1 に誘導される NDUFA4L2 は,NADH デヒドロゲナーゼを抑制する。
: HIF-1 は低酸素用 COX4-2 を誘導,さらに COX4-1 を誘導するミトコンドリアプロテアーゼ LON も誘導。
: COX4-1 から COX4-2 への変換は,低酸素において電子の受け渡しを促進する。
低酸素下では,嫌気代謝の結果として乳酸 lactate の細胞内濃度が上がるため,pH が低下する。これを防ぐために,HIF-1 は MCT4 を誘導し,乳酸を細胞外に排出する(4)。→ MCT1, 脳の乳酸代謝
また,低酸素で誘導される carbonic anhydrase 9 (CA9) は細胞外の二酸化炭素 carbon dioxide を水和し,H+ と HCO3- に変換する。HCO3- は細胞内に取り込まれ,pH をアルカリ側に傾ける。
> HIF-1 は erythropoietin (EPO) の誘導を介して造血を活性化し,赤血球を増加させる (3,4)。
: HIF-1 は,EPO を誘導する因子として最初に同定された。
> HIF-1 は,一般に血管形成を促進する(4)。
: VEGF (vascular endothelial growth factor) を誘導する (3,4)。
: bFGF, PDGFB なども HIF-1 の標的遺伝子である。