ホスホフルクトキナーゼ(PFK, phosphofructokinase)は,解糖系 glycolysis の第 3 段階の反応を触媒する酵素である。フルクトース6-リン酸 から フルクトース1,6-二リン酸を合成する。
ヒトの PFK には筋肉 muscle,肝臓 liver,血小板 platelet 型の 3 つがあり,それぞれ PFKM, PFKL, PFKP と呼ばれる(1I)。 PFKP は,繊維芽細胞 fibroblast タイプとみなされて PFKF と呼ばれることもある(2I)。 また,齧歯類では P ではなく C-type という言葉が使われる。
それぞれの組織における発現は完全に exclusive なわけではなく,複雑である。
通常の場合,これらが単に PFK と呼ばれるが,以下に述べる PFK2 と対比する場合には PFK1 という場合もある。
> 哺乳類では,成体の筋肉は M-type のみを発現する(2I)。
> 哺乳類では,成体の肝臓は主に L-type を発現する(2I)。
> 哺乳類では,その他の組織は M, L, P タイプを全て発現,ホモダイマーとヘテロダイマーが混在する(2I)。
PFK 2 は,kinase domain と phosphatase domain が含まれる奇妙なタンパク質である(3)。構造は右図(4)。
Kinase domain(シアン)は,解糖系の中間体である F6P をリン酸化し,fructose-2,6-bisphosphate (F-2,6-BP) を作り出す。
F-2,6-BP は PFK を活性化し,解糖フラックスを増大させる。
Phosphatase domain(緑)は F-2,6-BP を脱リン酸化し,F6P に戻す。
PFK が触媒する反応は,解糖系の律速段階として様々な分子による調節を受ける。筋肉では,エネルギー産生の制御を目的とした方向の変化を示すが,肝臓ではさらに複雑である(3)。解糖には,さまざまな生体分子を合成するための carbon skeleton を供給するという役割もあるため,肝臓ではこれに応じた制御も受けている。
PFK を活性化するもの
PFK の活性を抑制するもの
これの意味するところは分かりやすい。
> 筋肉では ATP で不活性化,ADP および AMP で活性化(3)。
: ATP が少なくなると,解糖を促進してこれを作り出そうとする。
> 筋肉では,pH が低下すると PFK の活性も低下する(3)。
: pH が低い状態とは,過剰な運動で乳酸 lactate が作られている状態と考えられる。これにブレーキをかける。
> 肝臓では,運動によって乳酸が生成するという状態はない,と書かれている(3)。
: 生理的にプロトンによる制御がないだけなのか,PFKL がプロトン感受性がないのか?
> PFKM は micromolar level の F1,6-BP によって活性化される。
: F1,6-BP は反応生成物であるため,これによってポジティブフィードバックループが作られることになる。
TCA 回路からのフィードバック制御である。
> PFK はクエン酸 citrate によるアロステリック阻害を受ける。
: 細胞内のクエン酸は,血中の遊離脂肪酸量が高く,脂肪分解が盛んなときに増える。
: Phosphofructkinase が阻害されると,細胞質には G6P が蓄積する。
: G6P は,グルコースリン酸化を行うヘキソキナーゼ hexokinase をアロステリック阻害する。
: これが,FFA が Glc 取り込みを阻害する古典的理論 glucose-free fatty acid cycle である。
4 量体として機能する(1I)。
下の表は,ヒト PKFP に関するデータである。
アミノ酸 | 機能 | 文献 |
Arg48 | PFK に結合しているリン酸イオン PO43- と相互作用し,R48C mutant は citrate による阻害を受けにくくなる。しかし,ATP および F6P に対する作用は変わらない。 | 1 |
Asn426 | Catalytic interface の近くに存在し,N426S mutant は ATP による疎外を受けにくくなる。 | 1 |
Asp564 | Arg319 と電気的相互作用をし,D564N mutant は F6P との親和性や酵素反応速度が低下する。 | 1 |
グリコーゲン glycogen 分解に関連する酵素の異常によって,組織にグリコーゲンが多量に蓄積する病気を一般に 糖原病 glycogen storage disease という。複数のタイプがあるが,タイプ 7 が PFK の変異によるもので,とくに 垂井病 Tarui disease と名前がつけられている。筋力の低下,溶血などを伴う。
一般に,ガン細胞は十分な酸素がある状態でも解糖系が亢進している(ワーバーグ効果 Warburg effect)。 この現象に,解糖系の律速酵素である PFK が様々な形で関わっている。
> PFKM KO mice は,トリアシルグリセロール TG の量が低下する(2)。 グリセロール部分の供給が不足するためと考えている。
: このマウスは,distal promoter に tag 配列が挿入されており,PFKM の発現が大幅に低下している。
: たとえば,脳 brain では 99% の PFKM の低下がみられる(転写量か?)。
: このマウスから単離された脂肪細胞では,脂肪合成は通常の約 40% であった。
: 脂肪分解 lipolysis も低下。
: 解糖系の中間体 DHAP は,TG 合成の際,グリセロールを経て TG の glycerol component になる。
: 脂肪細胞の糖代謝の律速段階は,GLUT4 によるグルコース取り込みであると考えられている。
: したがって,PFKM の影響が大きいというこの論文の結果は意外であった。